変容について – グルジェフ(パート1) – 協調

アサフ・ブレーバーマン, カリフォルニア

ここで、これまでの投稿記事の流れにざっと目を通しておきましょう。

まず、「解放」シリーズでは、グルジェフのワークを王子シッダールタの生涯の伝説に重ね合わせました。この比較から学んだのは、自分が眠りの中に投獄されていることを認識し(解放 – パート1 – 認識)、牢獄から出立する決意をかためて(解放 – パート2 – 意識的努力)、さらにこの決意によって内的な対立が生じることを予期することでした(解放 – パート3 – 対立)。

これに続いて「創造」シリーズでは、グルジェフのワークを旧約聖書の創世物語に重ね合わせました。この内的な対立を理解するには、自己観察の明かりをつけなければなりません(創造 – パート1 – 自己観察)。それによって真実から虚偽を分離し(創造 – パート2 – 分離)、それで初めて意識を反映した新しい態度を形成する確かな土台を見つけることができるのです(創造 – パート3 – 反映)。

グルジェフ - チェス

こうした一連の努力によって、私たちはワークに敵対する機械的な態度に対して、ワークに役立つ態度を照らし合わせました。これら二つのグループに分かれた態度は、あたかもチェス盤で敵対する二つの陣営のように相対して、私たちは一種の内的な綱引きを体験することになります。そして、この激しい主導権の争いこそが、グルジェフの語った統一性を手に入れるための必要条件なのです。

融合、内的な統一性は「摩擦」を通して、つまり人間の中の「イエス」と「ノー」との間の葛藤によって得られる。…人間の中で葛藤が始まるなら、そしてこの闘いに確かな方向性があるなら、恒久的な特性が徐々に、そして自然に形成しはじめて、「結晶化」が始まるのだ。(ゲオルギイ・グルジェフ)

今後の投稿シリーズでは、グルジェフのワークをヒンドゥー教の伝統に重ね合わせる予定です。「乳海撹拌」はヒンドゥー教の伝説であり、その舞台となるのは(「神々」と「悪鬼」として象徴された)善と悪の宇宙的な均衡が乱されて世界が混沌の脅威にさらされた神話的な時代です。この均衡の乱れによってとりわけ大きな喪失となったのは、サンスクリット語で「アムリタ」と呼ばれる、飲めば不死となる神酒でした。

この神酒アムリタを取り戻してコスモスの平衡を回復させるために、ヴィシュヌ神は次のように命じます。

あらゆる神々に、悪鬼たちと結びついて乳の大海に薬草を投げ込ませ、マンダラ山を撹拌の棒として使い、大蛇ヴァースキを綱として使い、悪鬼たちと力を合わせて大海を撹拌させ、アムリタを得らしめよ。(『マハーバーラタ 』)

グルジェフ - 乳海撹拌この途方もない撹拌を起こすために、神々と悪鬼たちは互いに敵対しながらも同時に協調する必要がありました。言いかえれば、この両者に求められたのは、相反するその性質を変えることではなく、コスモスの維持という大いなる目標のために、自らの性質をそのまま利用することでした。

神々と悪鬼によるこの尋常ではない協調は、グルジェフが体系的に伝えた教えを神話の形で表現しています。それは、「イエス」と「ノー」の間の葛藤は生命をもたらすものであり、統一性に達するための唯一の手段だという教えです。ここで、「内の如く、外も然り」という古代の智慧を思い起こしてみましょう。もし人間がワークの態度で機械的な習慣に対抗し、この撹拌を自分の内面で再現するならば、人間は内なる変容に影響をおよぼし、調和あるコスモスとしての成長段階へと上昇していきます。

以前の投稿記事で「対立」について検討したときは、まず初学者の観点からこの問題にアプローチを試みました。眠りの中で目覚めを望んでいる人間にとって、混沌とした思考、感情、感覚はその目標をさまたげる脅威となります。しかし、すでに意識が存在している、より高度な段階では、思考、感情、感覚は協調的な力へと姿を変えて、むしろ欠かせないものとなります。つまり、私たちは対立から協調へと移行したのです。

そこで今月は、この内なる協調の体験について投稿者たちに観察をシェアしてもらいましょう。「ワークの態度は、機械的な習慣に対抗してどのように意識の維持に役立つのだろうか?」

障害は人間にとって非常に有益である。もし障害がなければ、それを意図的に作り出す必要があるだろう。障害を克服することにより、人間はこうした必要な性質を開発してゆくのである。(ゲオルギイ・グルジェフ)