創造について – グルジェフ(パート1) – 自己観察

アサフ・ブレーバーマン, カリフォルニア

前回の投稿で紹介した「二分間途切れることなく現在に存在する」というウスペンスキーのエクササイズを試すことにより、私たちの存在がもつ複数性があきらかになりました。すべての投稿者が、このエクササイズでの主な困難は、それに対立する思考や感覚、感情であることを確証しました。

私たちは自分が統一されておらず、つまり目的を維持できる単一の私がないことを確証しました。最も簡単な目的でさえ、それを保ちつづける能力の障害となるのは、外的な状況による中断ではなく、むしろ私たち自身だということを理解したのです。

自分が一つにまとまった存在ではなく、複数からなる存在だと理解するとき、そして、自分が朝には確信をもって何かを知っていたとしても、午後になれば何もかも忘れてしまうのだと理解するとき、この理解こそがすべての始まりとなる。(ピョートル・ウスペンスキー

次回の投稿で検討するのはこの「はじまり」についてです。私たちは、旧約聖書で創世物語として表現された、ユダヤ・キリスト教の伝統におけるこの「はじまり」について投稿記事を執筆することにします。ただしこの創世物語を、宇宙創造のプロセスについての宗教的な説明として解釈はしません。むしろ、宇宙(コスモス)がどのように複数の存在から単一の存在へと移りゆくのか、またとりわけ小宇宙(ミクロコスモス)としての人間に、どのようにこの移行が起こるのかを示す象徴的な説明として、この物語を理解してゆくことにします。

読者の皆さんは、この旧約聖書の物語についてよく知らなくても心配はありません。私は、この比較のために必要となる細かい点についてその都度触れ、イメージを示してこの比較を視覚的に裏づけることにします。さらに、今回の投稿記事のシリーズが終わりに近づくまで、「神」とは何を意味するのかという問題をひとまず保留しておくことにします。

眠っている宇宙(コスモス)

初めに、神が天と地を創造した。地は茫漠として何もなかった。暗やみが大水の上にあり、神の霊が水の上を動いていた。(『旧約聖書』 創世記、第1章)

グルジェフ - サンマルコ寺院

「地は混沌として」とは、宇宙(コスモス)が無秩序な状態にあることを意味しています。小宇宙(ミクロコスモス)としての人間の内面にあるのは、不規則に生じては消える複数の「私」です。眠っている人間には、自分の存在が持つ複数性が見えません。そのため、この物語で「暗やみ」として描かれるこの混沌とした状態は、自己への無知が原因となってますます強くなっていきます。

もし内面に変化への願いがなければ、人間はこの混沌からまったく脱出できないでしょう。「神の霊」が表しているのはまさにこの願いです。ヴェネツィアのサンマルコ寺院にあるモザイク画では、この神の霊を黄金色の光輪をもつ白いハトとして表現しており、また、混沌とした暗やみを青い水の波として表現しています。

覚醒している宇宙(コスモス)

神は仰せられた。「光があれ。」すると光があった。(『旧約聖書』 創世記、第1章)

グルジェフ - サンマルコ寺院眠りには度合いがあります。最も深い眠りの状態では、人間は自分の眠りに気づきません。このため、目覚めは眠りへの理解からはじまる必要があります。この理解は、私たちの内面の世界に投げかけられた光となります。そしてこの光が生じるのは、まさに私たちが「現在に存在する」という目標をたてるときなのです。

実際にウスペンスキーのエクササイズは、自己観察の明かりをともすように促すものでした。

自己観察そのものが人間の内的プロセスに一定の変化をもたらす… 自己を観察することによって、人間は、それまで完全な暗やみのなかで進んでいた自分の内的プロセスにいわば光を投げかける。そして、この光の影響のもとでプロセスそのものが変わりはじめるのだ。(ゲオルギイ・グルジェフ

旧約聖書の創造のはじまりを自分の小宇宙(ミクロコスモス)というひとつの隠喩として解釈すれば、それは二つの明確に異なる状態を説明していることが分かります。つまり、一方は無意識のまま眠っている状態であり、もう一方は自己観察という光がその眠りを照らしている状態です。

多くの投稿者が、この最初の移行のステップをはじめるのが最も難しいと考えていました。では、もし自分が暗やみの中にいることを忘れてしまったなら、どうすれば明かりをともすことを想起できるのでしょうか?そのとき、私たちのワークはこの忘却と想起とのあいだで起こる闘いとなります。そしてこの闘いこそが、第四の道で使われる「自己想起」という用語の起源なのです。

そこで、投稿者たちへの今月の質問は次のようなものにしましょう。すなわち、「自己観察という明かりをともすのは何であろうか?」 そして「忘れてしまったときに、想起させるのはいったい何であろうか?」

暗やみの中でしか生じない多くの心理的プロセスがある。意識というわずかな光でさえプロセスの性質を完全に変えるのに十分であり、しかも多くのプロセスはまったく生じなくなってしまう。(ゲオルギイ・グルジェフ)