二つの世界を結ぶ橋

‘ウスペンスキー-聖母マリア-祭壇

ウスペンスキー-マンドルラ

マンドルラの象徴

「マンドルラ」は、二つの円が交わってできる幾何学的な形である。マンドルラは、古代の象徴体系において幅広く使われていたシンボルである。それが意味するのは、二つの世界が触れあう繊細な交差域、つまり人間の高次の面と低次の面が出会う領域である。

ウスペンスキーは、意識的な覚醒の過程においてこの交差域がもつ重要性を強調していた。彼が提示していたシナリオには二つある。一つのシナリオでは高次の自己(セルフ)がまだ未開発であり、もう一つのシナリオでは低次のセンターがあまりに混乱した状態にあるため、すでに開発され、完全である高次の自己からの衝動を受け取れない。そして、どちらのシナリオでも人間は眠りの状態にある。このため、覚醒へと向かう人間の進路は、一つの世界からもう一つの世界へ橋をかけ、この内的な隔たりをつめることにある。

二つの世界について – ウスペンスキー

ウスペンスキーの師、ゲオルギイ・グルジェフはこれを次のように表現していた。

低次のセンターと高次のセンターとの正しくかつ恒久的な結びつきを得るには、低次のセンターの働きを調整し、速めることが必要である。(ゲオルギイ・グルジェフ)
ウスペンスキー-聖母マリア-祭壇

処女懐胎の聖具台、スペイン

「秘教的キリスト教」では、この内的な「橋」についての知識をマンドルラによって伝えていた。この象徴は聖母マリアと密接につながっている。マリアは二つの世界をつなげるパイプ役を務めていたからである。つまり、マリアは天が地に接触するための戸口であった。

スペインのヴァレンシアにある祭壇装飾品では、開いたマンドルラをその中央に配置している。木彫と絵画を精巧に組み合わせたこの作品は、本来教会の礼拝堂に収められていた。「処女懐胎の聖具台」と呼ばれているこの作品は‘聖処女マリアの生涯の物語と象徴を示している。

元々、中央で開いているマンドルラは雪花石膏で覆われていた。この着想には象徴的な意味がある。つまり、あたかも光が雪花石膏を壊すことなく透過するように、精霊がマリアの処女性をそこなうことなく受胎させたのである。

換言すれば、マリアは天から降った衝動を地上で受けとる純潔で敏感な存在であった。これと同様に、もし人間が自分の低次センターにある最も繊細な部分を見つけて、誤ったセンターの働きという「汚れ」からその部分を「浄化」できるならば、高次センターからの衝動を受け取ることが可能となる。

ただし、マリアの受胎告知がもつ宗教的な含意は多くの場合にあまりにも深いため、象徴的なアプローチを拒んでいる。秘教的キリスト教における象徴体系をより深く理解するには、別の伝統に見られる同様の神話と比較しなければならない。

仏教とキリスト教について – ウスペンスキー

「受胎告知」、つまりキリストの来るべき誕生を告知する天使の出現は、仏陀の生涯からとった特徴である。仏陀の伝承では、ゴータマ王子の来るべき誕生を王女マーヤに告知したのは、天から降りてきた白象であった。(ピョートル・ウスペンスキー、『宇宙の新しいモデル』)
ウスペンスキー-マーヤ-受胎

王女マーヤの仏陀受胎

仏陀もまた、奇蹟的な受胎によって誕生している。

その母である王女マーヤ(摩耶夫人)は、彼女の右半身を白象が軽くたたく夢を見た。シュッドーダナ王(浄飯王)が夫人が見た夢について聖人たちに相談したところ、最も老齢のアシタ聖人がその解釈を示した。それによれば、長年にわたって懐妊できなかった女王マーヤが奇蹟的に受胎したのだという。これは聖母マリアの受胎告知に対応するものである。

‘マーヤとは「幻想」を意味している。女王の名は、幻想に染まっていない純潔さというその美徳にちなむものであった。仏教の伝承によれば、完全に純粋な女性だけが仏となる存在を生むことができるという。

ウスペンスキーが観察したように、聖母マリアの受胎告知と王女マーヤが見た夢とは、偶然というにはあまりに類似しすぎている。こうした異なる伝統に見られる類似性は、それらの歴史的な事実としての信憑性に疑いをいだかせる。

自己観察を開始する瞬間に、あなたの内で何かが空想を始める。そして自己観察を本当に試みればわかるように、それは空想との絶えまない闘いである。(ピョートル・ウスペンスキー、『人間の可能な進化の心理学』)

これらの物語が歴史的な事実でないとすれば、それらの意味は象徴的なものである。幻想に惑わされない女王マーヤの純潔さと、聖母マリアの処女性は、どちらも空想からの「浄化」を象徴している。グルジェフとウスペンスキーは、空想を最小限におさえることの必要性を繰り返し強調していた。その理論では、空想は自己観察に抗する主要な否定的な力、上質なエネルギーの主要な漏れ、そしてセンターの誤った働きが主に表出される形式だと呼ばれていた。

空想とは「眠り」の状態を指しており、空想からの浄化とは「意識的な覚醒」を指している。

ウスペンスキーによる「断片」

ウスペンスキー-聖母マリア-祭壇-細部

処女懐胎の聖具台、マリア像細部

聖母マリアと女王マーヤの物語は、第四の道の概念を象徴的な言語で表現するだけでなく、より幅広い真理も示唆している。すなわち、実際には「第四の道」の規模は壮大なものであり、ウスペンスキーが提示したシステムはそれに比べれば非常に小さなものである。

一般に認められている人類の歴史の裏で、別の歴史がその経路を進んできた。それは、ほとんどの人々に知られることなくそれと並んで展開してきた歴史だが、ある重要な目的を果たしている。それは人類の秘教的な歴史である。この歴史は、スクールによる古代の智慧を保存すること、そして現代にその遺産を活用できる人々のための智慧の保管を目的として存続している。

このより大きな伝統の存在を感じつつも直接それとは結びついていなかったウスペンスキーは、グルジェフのワークについて解説したその著書『奇蹟を求めて』に‘「知られざる教えの断片(Fragments of an Unknown Teaching)」という副題を添えていた。ウスペンスキーは、自分の手元にあるのは、遙かに巨大なジグソーパズルの一部であるわずかなピースに過ぎないと承知しており、失われたピースがどこで見つかるのかを知らなかった。

だが、今から振り返れば、それらのピースはごくありふれた場所に隠されていたことが次第に分かってくる。すなわち、それらのピースは、世界で最も広く知られている宗教の神話や象徴の中にコード化されていたのである。

一連の互いに関連のない出来事として通常の仕方で歴史を眺めても、秘教が存在する証拠は見つからないだろう。歴史では、出来事が次々と表面に現れるだけで、それらの間に関連性を見てとることはできない。しかし、物事が互いにつながっているということを理解してそのつながりを探すなら、歴史の表舞台の陰にそれらが隠されていることが判明するのである。(ピョートル・ウスペンスキー、『第四の道』)